今回のGDP統計で、輸入の減少でGDPがどのように増えたか?

 2019年第1四半期のGDPは第一次速報値では実質プラス成長(季節調整、前期比0.5%)と発表され、第二次速報値は投資支出の上方改訂により更に若干の増加(同前期比0.6%)だった。第一次速報時、エコノミスト諸氏は一様に、このプラス成長は「輸入の減少が主因」であり内需は弱いとしていたが、この投資の上方改訂でトーンダウンしそうだ。一方、第一次速報後、輸入が増えるとGDPがプラス成長することに対して「輸入はGDPのマイナス項目だから」のような説明だけで、あまり納得がいっていない人は多かったのではないか?この点は大学の経済学の初等クラス、あるいはむしろ一般教養レベルであるが、専門家であってもそれをきちんと理解している人は意外と少ないのかもしれない。
 GDPとはある期間に経済全体で生み出された「付加価値の合計」である。それでは輸入と付加価値はどう繋がるのだろうか?「輸入はGDPのマイナス項目」という場合「三面等価の原則」が念頭にあるはずで、それはある期間の最終支出、生産、分配の価値(金額)の三つの経済での合計が一致することである。最終支出は内需と輸出等に分けられる。ここで輸入等を引いた純輸出(貿易サービス収支)としなかったのは、輸入等とは海外で生産されたものだからであり、従って生産は輸入等と国内の生産(GDP)に分けられる。最終支出として支払われた代金は内外の生産者が受け取ることになるので、最終支出=内需+輸出等=生産=輸入等+GDPが成立し、これよりGDP内需と純輸出の合計に「一致する」。もしかするとGDP内需(財政、投資、消費)と純輸出の合計が定義と思っている人がいるかもしれないが、それは厳密には正しくない。
 最終支出の「最終」とは、購入したものを当該期間中は転売せず、自ら使用するか所有し続ける場合の支出に限る、という意味である。もし転売も含めてしまうと一つの生産物に対し何度も支出が生じるので等価ではなくなるからである。これはまた付加価値の定義が、受取代金から原料や中間投入品の購入を引いた価値(金額)であることとも対応している。当該期間の中間品などの生産も同様に付加価値と中間投入に分けられ、最終支出の支払いは付加価値及び海外への中間品等への支払いに分解し尽くされる。また、これらの中間品や単純な転売、あるいは分配のための支払及び受取があるので、実際の経済での取引金額はGDPの額よりずっと多いのである。付加価値は生産に貢献した人に帰属するので、国内で生じた付加価値と中間品の支払いも含めた海外へ支払われる輸入等は分配面でも最終支出と一致する。
 最終支出と生産の等価から、例えば消費支出としてイタリア産のパスタ麺を購入しても、その支払いは海外へ支払われ、国内の生産(付加価値)にはならないので、GDPには含まれない。従って、パスタ麺輸入の減少に対応して消費支出も同時に減少しただけであれば、GDPには中立でありプラス成長は説明できない。このように輸入の減少が常にGDPを増やすわけではない。輸入が減ってGDPが増えるためには、消費は減らずに輸入パスタから国内生産パスタへのシフトが必要である。そのようなことがたまたまこの第1四半期に多く起こったのだろうか?あるいはそうなる理由が何かあったのであろうか?どうもそうには思えない。
 輸入品から国内品へのシフトは、それ程容易ではなさそうだ。原油などの国内産での(安価な)代替はほぼ不可能なものは多い。そこで私が注目したのは、今回の輸入の変化の名目と実質の違いで、名目値の方が大きく減少している(実質-4.6%、名目-8.0%、共に季節調整値)ことだ。これは輸入の数量的減少以外に価格面の下落が大きかったことを示している。実際、輸入物価指数(日銀)を見ると12月と1月に比較的大きく下落しており、これは18年第4四半期と19年第1四半期の原油価格とドル円レートの動きにも裏付けられるだろう。これによって何が起こるだろうか?
 日本の場合、輸入はエネルギーや原材料が多いので、輸入価格の下落は販売数量が変わらなくてもコスト減によって企業利益は増加するだろう。これは付加価値の増加を意味し、このためGDPは増えることになる。つまり、輸入物価の下落で国内販売価格を下げなければ、支出者の支払いから海外に支払われていた分が生産者により留まることになるのである。このような動きは実は統計上も「交易利得」という項目に現れる。実際、内閣府の詳しい統計を当たれば、交易利得が実質GDP成長の0.4%(季節調整、前期比)分と殆どを占めていることが分かる。これは円高は悪い事(ばかり)ではない良い例だ。
 今回のGDP統計が注目されたのは、消費税増税の行方もあり、一部から延期を期待する声が上がっている。結果としては、確かに内需は停滞気味であるが、「リーマンショック級」の状況には程遠く、結果プラス成長では予定されていた増税を延期する理由にはなり難い。2018年の第3四半期の方がGDP統計の結果は悪く、このためまだ予算審議前であった昨年末に延期の決断をしなかった以上は、今回の結果でこのタイミングでの延期の決定は無理があるだろう。
 最後に消費税(増税)について関連したことを述べておきたい。付加価値の定義より、消費税増税で値上がりしても付加価値は増えることになり、また消費税のような間接税は実際に付加価値に含まれている。例えば、増税後の消費支出額が変わらなくても、その値上がり分だけ購入する数量は減ってしまう。十分に値上がりしなければ、付加価値から政府への分配が増える分、民間への分配が減ることになる。しかし、それで民間の所得従って消費などの支出が増税分に見合って減るかどうか分からない。政府が増税分全てを社会保障などで国民に支払えば、国民全体の可処分所得は減らないからである。もちろん増税前と後では様々な変化があり、大抵は景気等に多少のマイナス要素を伴うが一部が言うように消費税増税で「日本経済が終わる」などとは(そもそも意味不明ではあるが)経済学的には妄想レベルだ。GDPがどういうものか、せめて大学初等レベルが正しく理解されてさえいれば、そんな事が蔓延したりはしないだろう。