続・物価変動再考

 日本ではこれまで長きに亘って物価が動かないこと(少なくとも上昇しないこと)が話題だったが、だからと言って今後もインフレが起こらないとは限らない。一年前はまだ、欧米のインフレがまだ対岸の火事のように感じていたが、ロシアのウクライナ侵攻からエネルギー価格が上昇し、更に円安が進行した昨年3月頃には世の中の見方も少し変わっていたように思う。昨年4月以降は携帯電話料金などの通信費の値下がりの効果がなくなってくる事も含め、日本でも物価に関する報道等が多く見られるようになっていた。ブログ記事

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を書いたのは、今後はインフレに警戒すべきではないか?と思ったからであるが、それを書いた頃はまだ、物価指数にはまだエネルギー価格と円安を完全に反映しているかが不明であり、その後の動きを注視する必要があった。一方、ポール・クルーグマンなどによれば、輸入物価が上昇して物価指数を押し上げる反面、国内品を買う余裕が減る負の所得効果で、国内品の価格は下がる可能性があり、物価指数の上昇を多少抑える可能性がある、ということも書いた。

 それではまず、2022年4月以降の物価上昇の原因とされた為替レートとエネルギー価格の推移はどうだっただろうか?為替レートをドル円で見れば、10月までに150円まで上昇しピークを付けた後、現在(2023年1月)までに130円程度にまで低下している。これは2022年5月頃の水準で、また一年前と比べればせいぜい15%程度の円安に過ぎない。エネルギー価格(外貨建て)も各種の指標から、昨年後半にはピークアウトしているようだ。では4月以降、各物価指数の動きはどうだったか?消費者物価指数は、「総合」及び「生鮮食品を除く総合」(いわゆるコア指数)とも前年同月比で、通信費の値下がり効果がなくなった4月以降2%を超えて徐々に上昇し、2022年12月(速報値)では共に前年同月比4%上昇となった。ここでは通貨価値(の逆)に関わる、いわゆるコアインフレに関心があるので、輸入物価による指数の上昇がどれくらいなのか見てみる必要がある。そこで「生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数」(いわゆるコアコア指数)の動きを見ると、「物価変動再考 - supplysideliberaljp’s blog」を書いた時点では前年同月比でマイナスであったが、2022年6月には+1%に達し、更に円安やエネルギー価格のピーク後も上昇を続け2022年12月の上昇は3%となった。また、「物価変動再考 -supplysideliberaljp’s blog」でも紹介した日銀が発表している「基調的なインフレ率を捕捉するための指標 : 日本銀行 Bank of Japan」の3指標の中で最も大きな上昇を示しているものは2022年11月で前年比2.8%、一番小さいもので1.2%と幅があるものの上昇傾向が続いている。GDPデフレーターを見ると、前期比で4-6月期、7-9月期はそれぞれ-0.1%、-0.5%とマイナスだが、国内需要デフレーターでは0.9%、0.6%の上昇となっている。これは輸出物価より輸入物価の上昇の方が高いことを意味するが、それは輸入エネルギー価格の上昇によるところが大きいからだろう。

 円安やエネルギー価格のピークを過ぎてもなお、消費者物価指数が上がり続けているのは、一つには輸入物価の上昇の国内価格への転嫁のラグ(遅れ)と見ることができるかもしれない。つまり以上のような、現段階で得られる2022年4月以降の物価の動きの一つの解釈は、円安とエネルギー価格の上昇によって上昇が始まり、これらが2022年後半にピークアウトした後も転嫁の遅れにより物価上昇が続いた、というものであろう。日銀が発表している企業物価の12月速報値でも2022年中常に前月比で上昇を続け、12月は前年比で10%以上上昇した。それに対して輸入物価は、7月に前年比で50%近く上昇したが10、11、12月と減少し(円、外貨建て共に)ピークアウトを示している。このシナリオでいけば、円安やエネルギー価格上昇が再び起こらなければ、物価指数の上昇は早々に収まる、というものだろう。実際、日銀政策委員会の物価見通しも以下のように、そのような見方のようである。

「委員は、本年末にかけて、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により上昇率を高めたあと、これらの押し上げ寄与の減衰に伴い、来年度半ばにかけて、プラス幅を縮小していくとの認識を共有」(政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 2022年12月19、20日開催分

 しかし、各種コアインフレの指標の上昇は、これまでになく大きいように見える。最近の円安の事例では、10年程前の2012年9月頃で、当時ドル円レートは80円を割り込んでいたが、異次元緩和が始まる前の2013年4月には既に100円以上になり円安が進んだ。この動きの背景はアメリカの景気回復が意識され米長期金利の上昇に連れたものであり、今回の円安と同様である。アメリカの長期金利の更なる上昇に伴い、ドル円レートは2013年の終わりには約120円になった。この間(15ヶ月間)は50%の円安だが、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数」(コアコア指数)は、前年同月比で1%も上昇することはなかった。ただし、この期間のエネルギー価格が落ち着いていた事もあるだろう。実際にも、例えば2013年12月の輸入物価は17.8%で2013年中に20%を超えることはなかった。一方、2022年4月以降は殆どの月で前年比30%以上の円安で、12月でも22.8%円安となった。このようにエネルギー価格あるいは海外生産品の価格上昇など、為替変動以外でも輸入物価が上昇した事が、最近のコアインフレ指標を(2013年頃と比較して)大きく上昇させている可能性はある。輸入物価が上昇すると、物価指数からエネルギーなど特定の品目の価格変動を除いても、流通費用の上昇や輸入品が原料として含まれた製品の価格上昇などで、コアインフレ指標にも影響するからである。このように、為替レートやエネルギー価格が大きく変動した場合、コアインフレ指標にも、それなりには影響が出るということであり、逆に円高やエネルギー価格が低下した時には、物価指数が少々のマイナスになることも容易に起こりということである。従って、そのような局面に、やれデフレだのと大騒ぎして、経済政策や当局を批判するのは的外れなことを示唆している。

 しかし、2013年頃の輸入物価の上昇に比べ、最近の輸入物価の上昇が3倍程度あったとしても、それだけでコアインフレの指標が、(まだ短期間であるとしても)2013年より大きく上昇したことを正当化するのは、難しいのではなかろうか?2013年と2022年の年間の消費者物価指数を比較すると、「総合」、「生鮮食品を除く総合」、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数」の平均は前年比で、2013年でそれぞれ0.4、0.4、-0.2%であるのに対し2022年は2.5、2.3、1.1%である。つまりこの差は、2013年の(エネルギー価格も含んでいる)輸入物価上昇率がせいぜい15%程度で、2022年では40%を超える上昇があったとしても、それだけでは説明できるようには見えない。(2013年の実質経済成長は2%と比較的高くかった。これもまた物価と景気はあまり関係しそうにないことを示唆している。)また、輸入物価だけが物価上昇の原因であり、所得効果によって国内生産物の需要が弱まるならば、(特にサービス産業のような)国内品の価格が下がり、物価指数の上昇自体はある程度相殺されるだろう。

 だから、2023年の当面の物価変動に注目する必要がある。日銀政策委員らが予想するようにインフレ率がかなり低下すれば、2022年後半の物価上昇はオーバーシュートした円安やエネルギー価格上昇に伴った一時的ものに過ぎなかった、となるだろう。もし物価指数自体もオーバーシュートしているのなら、インフレ率はゼロを超えてマイナスにならなければ、適正な指数の「水準」には戻らない筈である。一方、インフレ率がマイナスにならないのは、円安やエネルギー価格上昇が完全に転嫁される前にピークアウトしたため、物価指数がマイナスにはならない可能性はあるにはある。しかし、恐らく輸入物価では説明できないインフレがあるならそれはは財政的なものであり、ここでは詳しく説明できないが、簡単に言えば通貨価値は今後の政府財政運営への信認が反映するのだろう。コアインフレが1%以上に上昇したまま、物価が高止まった(通貨価値は低下)場合、その理由がどうであれ、国民はインフレによって財政支出の負担をすることを意味する。高止まった物価水準では、通貨や国債保有社の購買力は低下し、消費税、あるいは所得税など各種の税の税率が変わらなくても、自動的に政府の歳入は増え増税になるからである。インフレが輸入物価以上のものかどうか、鍵になるのは賃金動向かもしれない。インフレが起こって通貨価値が毀損するのは、通貨単位による価値の尺度が変わるということである。しかし、そのような場合に賃上げが起こっても、それはその通貨価値の変化に賃金が調整されるに過ぎない。(名目)賃金が上がらないよりはマシだが、賃上げしても実質賃金がインフレ以上に上がる事は(技術進歩による生産性の上昇がなければ)ないだろうし、そういう賃上げで経済(景気)が良くなる事もないだろう。

 私達が今考えるべき事は、インフレがマイルドに留められるかどうかを含め、インフレを志向することが本当に望ましいのか?である。私はもしインフレによっても経済が混乱しなければ、税制度が市場や人々の行動に歪みを与える限り、増税の方がインフレより望ましいと言うつもりはない。しかし、増税による負担かインフレによる負担かは選択する必要があるのであり、少なくとも幾らインフレが起こっても、徴税されなければ国民負担はないというのは愚かな考えだろう。

 

まとめ

・2012~13年に比べ、2022年は結果的に円安は軽微だったが、エネルギー価格上昇や海外のインフレによって輸入物価の上昇は大きい。

・しかし、コアインフレが平均的に1%以上上昇するなど、輸入物価の上昇以上のインフレである可能性がある。

・特に2022年後半の物価指標の上昇は顕著であり、それが単なるオーバーシュートに過ぎないか、2023年の物価の動きに注意したい。

・物価(通貨価値)が元に戻らない限り、過去の財政支出が部分的にはインフレによる国民負担となったことになる。